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題名 動物愛護管理法の法目的についての考察
投稿日 : 2005/11/22(Tue) 18:17
投稿者 S
今回のパブリックコメントに対して、当会として提言した内容は決して多くない、
その最大の要因は 環境省が公表している膨大な資料に
各基準の根拠が詳細に記述されており
ほとんど 反論しなければならない内容がなかったことにある。
各国の動物愛護管理法と行政行為の比較対象表や動物愛護年表などは詳細を極め、
はじめて知った事実も少なくなかった。
ただ、「基準」や「要領」の内容ではなく
動物愛護法の法源については 根本から意見を異にするので
下記で当方の考えを記述する。

環境省資料4 「動物の愛護管理の歴史的変遷」より抜粋
動物愛護管理法の目的は、「国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、
友愛及び平和の情操の涵養に資すること」、「動物による人の生命、身体及び財産に
対する侵害を防止すること」の2つとされている。
この目的から見て取れるように、動物愛護管理法制の基本的な部分を構成してき
た虐待や遺棄の禁止規定の法益は、動物の生命・身体の安全そのものを直接の保護
法益としているものではない。わが国の国民の間に一つの法規範にまで高められた
動物の愛護管理の精神を一つの社会的秩序として保護しようとするもの、すなわち、
動物の愛護管理の良俗を保護しようとするものであると言われている。
また、このような意味においては、動物の愛護管理の精神の適用対象動物は、人
の直接的な占有下にある動物であるか否かにかかわらず、人との関わりがある動物
すべてとする考え方もある。

この記述は旧来の動物虐待は所有権の侵害と捉える考えに対しての反論であり
その点は評価する。
動物虐待の法規制は「器物の損壊」のみで足りるとする旧式な思想に対して
「動物の愛護管理の良俗を保護」を法益とする考えであれば
所有者、占有者による虐待を法規制する論拠が成立可能である。
「オレの猫をどうしようとオレの勝手」という所有権行使に対抗する法理として
一定の評価はできるものである。
これはまた、所有者、占有者のいない動物への虐待は「所有権の侵害」ではなく
他者の権利侵害ではないという理屈にも対抗できる論理である。
〔野良犬、野良猫では国民共通の財産たる自然の一部とは言いがたい。〕
すくなくとも、「動物の愛護管理の良俗を保護」を法益としないと
「器物損壊」〔他人の所有物の破壊〕に加え
動物愛護法で一般的に〔つまり所有者を含めて)動物虐待を禁ずる論理は成立しない。
だが、この論理は動物に一定の権利を認めて、その権利を法により擁護しようというものではない。

環境省資料4 「動物の愛護管理の歴史的変遷」記載
「注釈特別刑法第五巻経済法編Ⅱ」より抜粋
例えば、このように動物を擬人化する発想を法の領域で推し進めると、
逆に人に傷害を与えた動物に対する法的制裁
或いは動物の侵害に対する正当防衛の承認等の結論に発展する。
法益の帰属主体は同時に法的義務の帰属主体であると考えるのが通常だからである。このような結論が承認し得ないことは言をまたない。

と明確に「動物の権利」は否定されることになる。
しかし人に傷害を与えても法的制裁を受けないのは、動物だけであろうか、
昨今、刑法適用可能年齢が引き下げられる傾向はあるものの
未成年は原則的には刑法適用の枠外であり、十四歳に満たない者は完全に刑法の客体ではない。
心神喪失者も刑法の適用外である。つまり刑法の客体ではない。
では、未成年者や心神喪失者の人権は「刑法の客体」ではない故をもって認め難いのであろうか。
彼らが刑法上でも法益の帰属主体であることは明らかである。

そもそも「権利は義務の反対給付」という思想そのものが現実とはなはだしく乖離している。
権利は義務と関わりなく存在するものである。
国民の三大義務は、勤労、納税、教育であるが
勤労義務の果たせないもの、納税が免除されているものの人権は認められないのであろうか、
この考えであるならば、高齢者、障害者、未成年などの社会的弱者の権利は認めがたいことになるが
現実には、特別法をもって より篤く権利が擁護されている。
権利は権利として 義務の履行と関わりなく行使可能なものとすることが
法史の上でも 必然であったのではないか、
と するならば動物が刑法の客体でないことは動物が法益の主体であることを否定する論拠にはならない。

なぜ、これほど執拗に「動物の愛護管理の良俗を保護」を法益とする考えに反対するかといえば
この考えでは必然的に下記の結論に至るからである。

動物愛護の社会的風俗を法益として考えれば、
必然的に社会一般人の動物に対する考え方、
動物愛護の精神の普及度、
さらには動物と人間社会とのかかわりに関する社会的・歴史的・習俗的な背景に着眼せざるを得ない。
この点で、社会の現実を離れ過度に動物愛護の精神を強調することは、社会道徳上は必要であっても、罰金、科料とはいえ刑罰という本質的に重大は法的制裁を伴うスティグマ〔個人に非常な不名誉や屈辱を引き起こすもの 筆者・注〕の運用に当たっては、慎むべきである。

つまり、動物虐待罪の適用は「社会の現実」に左右され絶対的基準はないことになる。
どういう行為が「虐待」であるかは その時々の社会の状態により異なるというのである。
これでは、虐待の定義などはできないということになり、
なおかつ「過度に動物愛護の精神を強調することは慎むべきである。」
となると、「動物虐待」は法律上の要件を満たすだけでなく
「動物愛護の精神を強調」しなくてもすむ場合に局限されることになる。

昨今、障害者自立支援法の改悪など
「負担と受益」を不可分なものとして人権をも無視するかのような立法が目立つ中、
動物愛護行政の指針となる環境省基準等は すぐれた内容であると考えるが
なぜ「動物の権利」に踏み込まず、「動物の愛護管理の良俗を保護」を法益とする立場に止まったのか、
一方で、動物愛護管理を推進しつつ、一方で動物の引取、行政による殺処分を合理化しなければならず
実験動物、産業動物の規制の問題に踏み込みにくい現状では
「動物の権利」より「良俗の保護」のほうが合目的的であったのであろうが
各項目が すぐれて先進的であるだけに残念である。

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